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Nov 19, 2006

【小説】数学的にありえない/アダム・ファウアー

「ダビンチコードを凌駕する傑作」「前代未聞のアクロバット」というありきたりではありますが刺激的な帯にひかれてついつい手にとってしまいました。いわゆる,ハリウッドアクション系。

以下少しネタバレですが,簡単に説明すると,うまくいくまで何度もビデオ映像のように瞬間瞬間を巻き戻していくことができるというSF仕立てな特殊能力を持っている主人公がCIAやらFBIやらKGBやら北朝鮮公安やらなんやらかんやらに追われるという話です。この能力,たぶん映像化すれば一目瞭然なのでしょうが,例えばサイコロの6の目を出したいと主人公が願っているときは,ほかの目が出てしまえば時間を巻き戻して,6の目が出るまで繰り返すことのできるというものです。これが「数学的にありえない(improbable)」アクロバティックな綱渡りの展開に結びつくわけで,設定としては面白い話です。

ただ,読みやすいのはいいのですが,おそらく映画化するぞと念じながら書き上げたという感じで,プロットか台本を読まされているような荒さがあります。細かいペダンティックな記述も底が浅く,フィクション・ノンフィクション問わずサイエンスものが好きな人ならどこかで聞いた話です。最先端のテーマがあるわけでもなく,同様のストーリーテラーのクライトンやアシモフよりは薄っぺらな印象です。

そうは言っても,私自身は何度も書いていますが,SFはプロットが命!な人ですので,この本のストーリーは実に面白く,かなり高ポイントです。こういう作品はぜひ映画が見たいので,キャストをイメージしながら読んでみました。

登場人物みなさんなかなかキャラをイメージしやすく作っているので結構簡単にイメージできます。重要なのはヒロインでしょう。CIA凄腕美女スパイという設定からやはりアクションの得意な女優がいいですね。といってもチャーリーズ・エンジェル系は却下。となるとトゥームレイダーのアンジェリーナ・ジョリーがベストでしょうか。旧ソ連出身という設定があるのでミラ・ジョヴォヴィッチでも面白いですね。薬を開発した教授には知的で悪そうなイメージからレクター博士のアンソニー・ホプキンスをまずイメージしましたが,ハリーポッター校長役のリチャード・ハリスあたりでも見る人をミスリードしそうでいいかも(謎)。NSAの盗聴オタクには,かなりキてる役柄をなんなくこなす名脇役スティーヴ・ブシェミにぜひやってほしいです。その上司の男は,物語はじめはクールなイメージだったのに,どんどんバカキャラになっていきました。こういう役柄どこかで見たような・・・というわけで(笑),スターウォーズの皇帝・イアン・マクダーミドをおしますね。さて主人公ですが・・・うーんこれは難しい。この手の映画にありがちなヘタれ男なので,正直誰でも構わないと思いますが,ユアン・マクレガーオーランド・ブルームマット・デイモン,このあたりみんなOKかと。双子という設定なので,うまい兄弟がいいですが・・・あ,といってもザ・たっちは却下。わかってるって。

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Nov 05, 2006

臓器移植

病気で摘出された腎臓を移植した医師が問題となってます。医師は患者が助かるために為すべきことをしたと述べ,マスコミ側は,規則にのっとって移植医療がなされるべきだと述べています。事件性は,金品の授受,つまり臓器売買という点で,これはすでに立件されています。そこで一連のマスコミ報道では倫理面を大きく問題視しているようです。

しかし倫理面での議論は,立っている位置が違うのですから,噛み合わないのは当然です。医師は目の前でレシピエントを救うことが使命であり,それを全うしないことは医師倫理に反します。一方のマスコミは,医師の立場でないことは明白ですが,どうもどの立場から倫理面を議論したいのかがよくわかりません。話の流れを見ても,当事者の声は聞こえず,報道にどんな意図があるのか,第三者にはよく見えてきません。

今回の場合,レシピエントとドナーのそれぞれの同意を得て,かつ従うべき規則が存在しないのであれば,移植医は何の咎めを受けることもありません。むしろ適切な治療を行わなければそのこと自体が医師法に違反するでしょう。この場合,移植に関する適切な規制がないことが問題視されるべきで,非難の声は医師ではなく,法整備する側に向けられ,さらに逸脱した場合の罰則を強化する方向へ議論はすすめられるべきでしょう。

移植医療は,医療技術としては確かに免疫抑制剤の発達でかなり完成度の高いものとなりましたが,根本的には,他人からの提供がないと成り立たない医療です。したがってドナーの人権が何よりもまず重要です。日本では,移植件数は横ばいです。その内訳は血縁者間の生体移植が諸外国に比べ非常に高いという特殊な状況です。ドナーが不足しているのです。となると,ドナーを求め日本人が中国などの外国で移植を受けに行くのも当然です。渡航先のドナーの人権は近いうちにいずれ大きな問題となるでしょう。ここでも,倫理で渡航を縛るわけにはいかないので,早急に法整備が必要と思われます。現状では,国内で法整備できていないため,渡航しての臓器移植はむしろお目こぼしに近いのではないでしょうか。

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Nov 04, 2006

【小説】順列都市/グレッグ・イーガン

以下ネタバレあり。
本作品は,電子化された世界を描くSFで,2つのアイデアが大きな柱となっています。
ひとつは,人工生命あるいは複雑系を聞きかじったことのある人なら皆知っている,超有名なコンピュータモデルのセルオートマトン(cellular automata)です。これは,細分した格子上で,各格子(セル)ごとに隣接するセルとの相互作用をある瞬間ごとに計算していくことで,全体としての挙動を解析しようというモデルのことで,2次元の場合はライフゲームとして有名です。ミクロのレベルでのシンプルな規則が,マクロの多様な現象を記述できるという点で,人工生命のモデルとしても研究されています。

ところがこのおなじみの元ネタを膨らますのが,さすがはイーガンです。とんでもない屁理屈論理,しかしあたかもありうるかのような論理展開で,セルオートマトンの世界は,コンピュータという媒介を超えて無限に増殖を続けるデータ列として,オートバースという文字通りの宇宙を作り上げます(automataとuniverseの造語)。にしてもわかりにくいのは,無限に広がっていくオートバースのイメージでしょう。これは,このような3次元セルオートマトンのイメージが近いのではないでしょうか。ただ実際には3次元のセルオートマトンでは,特定のパターンは見出されていなかったと思います。

もうひとつのアイデアは,脳内の化学物質のスナップショットを,コンピュータ上で再現することでコンピュータ上で人間をデータとして記述するというものです。多くのSFで語り尽くされてきたアイデアですが,「マトリクス」以降ある種,禁じ手に近い常套手段になってしまいました(本作品のほうが発表がかなり早いので,「マトリクス」製作段階ではむしろ参考にされていたでしょうが)。人間たちはデータの「コピー」という形で,オートバース世界に入植し,不死の存在として数千年にわたって生きているわけです。

本作品ではスナップショットを作製する手段として,X線撮影が使われているようです。しかし人間のデータを時間に非依存的にスナップショットで残すだけでは,データの時間的な動きを残すことは不可能です。したがって,機能的MRIなんかを使って時間依存的な情報を得ないことにはコンポーネントを再現できるようなスナップショットをとることは不可能かと思います。まあ10年以上前に書かれたことは斟酌しないといけませんので,くだらない指摘をしてはこの作品のおもしろさが伝わりません。先鋭的なネタに全身を浸って,SFの醍醐味を味わうことのできる作品といえるでしょう。

物語は,オートバース創世までの前半と,オートバース世界に入ってからの後半に分かれます。後半はそれこそマトリクスの世界ですが,オートバース知性体と人間のファーストコンタクトを取り扱うという,なかなか面白い試みがあります。ただ,認識論に持ち込まれてちょっと収拾つかなくなっちゃった感はあります。前半は,ミクロレベルの相互作用を,どのようにしてマクロに拡張するか,肝腎なところはさっぱりわからない塵理論とやらでごまかされておりますが,10年たってもなお目新しいという点で,SF史に残るべき名作といえましょう。前半と後半足してなお読む価値はありますが,読者をかなりspecificに選ぶ本であろうことはまず間違いありません。

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