Dec 05, 2006

【小説】オクシタニア/佐藤賢一

中世ヨーロッパをテーマにする本はほとんど縁がないのですが,以前読んだカルチェ・ラタンが面白かったのを思い出して,ふたたび佐藤賢一の本を手にとってみました。

読んでみて今回も,さすがと思いました。どこまでが真実でどこまでがフィクションか,よくできたSFやファンタジーはその境目をあいまいにして,読み手をすんなり書き手の世界に引きずり込んでいきます。同じように,本書もカルチェ・ラタンも,史実とフィクションを織り交ぜ,いつのまにか中世ヨーロッパの世界にどっぷりと引き込んでいってくれます。

物語はアルビジョワ十字軍の発端から終わりまでを,異端カタリ派と正統カトリック,宗教と政治,男と女,支配する側とされる側,北フランスと南フランス,それぞれの立場に属する4名の登場人物の目から描きます。登場人物の二人は歴史上の有名人物,もう二人は作者のフィクションですが,彼らが戦争の時代を生き抜いていくさまをじつにリアルに描いている点がこの本のひとつの読みどころと思います。つまり歴史の知識だと「1229年 フランス王ルイ9世,南フランス制圧」みたいに一行で終わるところが,その裏に,何人何万人もの人々の考えや行動や感情が実際はあったのだということを,個人の目から語られることで実感がわいてくる,それが心に響くのです。

といっても話のはじめからエピローグまでみると,実に50年以上にわたる混迷をきわめた戦乱の時代を描いていて,また視点が変わるごとに数年~10数年時代がジャンプしていくので,その歴史を追うだけでもかなり疲れます。おまけに南フランスの,それこそトゥールーズという物語の主要な舞台となる都市さえ知らなかった私には,どこそこの軍勢がどの都市を制圧したとか,地名を追うのも大変,なんとか伯の娘がなんとか伯の弟と結婚してどうのとか,誰それ候はなんとか伯の義理の父の関係にあるとか,人物相関を追うのも大変と,非常に頭を使う小説です。

それでも最後まで読ませるのは相当のテンポと文章があるからです。南フランスの言葉はよく知りませんが,オック語といって相当言葉が違うようです。本書ではオック語を大阪弁で置き換えています。これが実にいい味を出しているのです。

なじみの少ないヨーロッパ世界が,南フランスのトロサ,すなわちトゥールーズの住人の口から「トロサは雅の都や,無粋な北とはちゃうで」みたいなことをいわれると,ははあなるほど上方と江戸の関係ね,とよく状況をわかっていない日本人の私にも納得して読み進むことができるわけです。トロサを大阪的な商人と自由のプラグマティックな街とデフォルメするからこそ,すんなり頭に入ってくるのです。

物語は結局のところ,トロサの異端審問官と異端カタリ派の純愛なのですが,これがその設定ほど突拍子に思えないのは,フィナーレに至るまでにオック語,もとい大阪弁で十分に脳みそがふやけさせられているので,やはり上方の曽根崎心中かという気分になってバカっぽさを感じないためといえるのではないでしょうか。となるとラストもある程度は予想がつきますが,そのカタストロフィックな展開のなかに,美しさがあり,泣ける話になっているのはやはりお約束な展開だからといえるでしょう。話が戻りますが,そうしたデフォルメを凝らす大阪弁のノリが,じつはこの作品の真の魅力かもしれません。

#あ,まったくの余談ですがこの本,上下巻の表紙似すぎです(左右対称ですが)。おかげで間違えて上巻を2冊も買ってしまいましたよ・・・(涙)。

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Nov 19, 2006

【小説】数学的にありえない/アダム・ファウアー

「ダビンチコードを凌駕する傑作」「前代未聞のアクロバット」というありきたりではありますが刺激的な帯にひかれてついつい手にとってしまいました。いわゆる,ハリウッドアクション系。

以下少しネタバレですが,簡単に説明すると,うまくいくまで何度もビデオ映像のように瞬間瞬間を巻き戻していくことができるというSF仕立てな特殊能力を持っている主人公がCIAやらFBIやらKGBやら北朝鮮公安やらなんやらかんやらに追われるという話です。この能力,たぶん映像化すれば一目瞭然なのでしょうが,例えばサイコロの6の目を出したいと主人公が願っているときは,ほかの目が出てしまえば時間を巻き戻して,6の目が出るまで繰り返すことのできるというものです。これが「数学的にありえない(improbable)」アクロバティックな綱渡りの展開に結びつくわけで,設定としては面白い話です。

ただ,読みやすいのはいいのですが,おそらく映画化するぞと念じながら書き上げたという感じで,プロットか台本を読まされているような荒さがあります。細かいペダンティックな記述も底が浅く,フィクション・ノンフィクション問わずサイエンスものが好きな人ならどこかで聞いた話です。最先端のテーマがあるわけでもなく,同様のストーリーテラーのクライトンやアシモフよりは薄っぺらな印象です。

そうは言っても,私自身は何度も書いていますが,SFはプロットが命!な人ですので,この本のストーリーは実に面白く,かなり高ポイントです。こういう作品はぜひ映画が見たいので,キャストをイメージしながら読んでみました。

登場人物みなさんなかなかキャラをイメージしやすく作っているので結構簡単にイメージできます。重要なのはヒロインでしょう。CIA凄腕美女スパイという設定からやはりアクションの得意な女優がいいですね。といってもチャーリーズ・エンジェル系は却下。となるとトゥームレイダーのアンジェリーナ・ジョリーがベストでしょうか。旧ソ連出身という設定があるのでミラ・ジョヴォヴィッチでも面白いですね。薬を開発した教授には知的で悪そうなイメージからレクター博士のアンソニー・ホプキンスをまずイメージしましたが,ハリーポッター校長役のリチャード・ハリスあたりでも見る人をミスリードしそうでいいかも(謎)。NSAの盗聴オタクには,かなりキてる役柄をなんなくこなす名脇役スティーヴ・ブシェミにぜひやってほしいです。その上司の男は,物語はじめはクールなイメージだったのに,どんどんバカキャラになっていきました。こういう役柄どこかで見たような・・・というわけで(笑),スターウォーズの皇帝・イアン・マクダーミドをおしますね。さて主人公ですが・・・うーんこれは難しい。この手の映画にありがちなヘタれ男なので,正直誰でも構わないと思いますが,ユアン・マクレガーオーランド・ブルームマット・デイモン,このあたりみんなOKかと。双子という設定なので,うまい兄弟がいいですが・・・あ,といってもザ・たっちは却下。わかってるって。

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Nov 04, 2006

【小説】順列都市/グレッグ・イーガン

以下ネタバレあり。
本作品は,電子化された世界を描くSFで,2つのアイデアが大きな柱となっています。
ひとつは,人工生命あるいは複雑系を聞きかじったことのある人なら皆知っている,超有名なコンピュータモデルのセルオートマトン(cellular automata)です。これは,細分した格子上で,各格子(セル)ごとに隣接するセルとの相互作用をある瞬間ごとに計算していくことで,全体としての挙動を解析しようというモデルのことで,2次元の場合はライフゲームとして有名です。ミクロのレベルでのシンプルな規則が,マクロの多様な現象を記述できるという点で,人工生命のモデルとしても研究されています。

ところがこのおなじみの元ネタを膨らますのが,さすがはイーガンです。とんでもない屁理屈論理,しかしあたかもありうるかのような論理展開で,セルオートマトンの世界は,コンピュータという媒介を超えて無限に増殖を続けるデータ列として,オートバースという文字通りの宇宙を作り上げます(automataとuniverseの造語)。にしてもわかりにくいのは,無限に広がっていくオートバースのイメージでしょう。これは,このような3次元セルオートマトンのイメージが近いのではないでしょうか。ただ実際には3次元のセルオートマトンでは,特定のパターンは見出されていなかったと思います。

もうひとつのアイデアは,脳内の化学物質のスナップショットを,コンピュータ上で再現することでコンピュータ上で人間をデータとして記述するというものです。多くのSFで語り尽くされてきたアイデアですが,「マトリクス」以降ある種,禁じ手に近い常套手段になってしまいました(本作品のほうが発表がかなり早いので,「マトリクス」製作段階ではむしろ参考にされていたでしょうが)。人間たちはデータの「コピー」という形で,オートバース世界に入植し,不死の存在として数千年にわたって生きているわけです。

本作品ではスナップショットを作製する手段として,X線撮影が使われているようです。しかし人間のデータを時間に非依存的にスナップショットで残すだけでは,データの時間的な動きを残すことは不可能です。したがって,機能的MRIなんかを使って時間依存的な情報を得ないことにはコンポーネントを再現できるようなスナップショットをとることは不可能かと思います。まあ10年以上前に書かれたことは斟酌しないといけませんので,くだらない指摘をしてはこの作品のおもしろさが伝わりません。先鋭的なネタに全身を浸って,SFの醍醐味を味わうことのできる作品といえるでしょう。

物語は,オートバース創世までの前半と,オートバース世界に入ってからの後半に分かれます。後半はそれこそマトリクスの世界ですが,オートバース知性体と人間のファーストコンタクトを取り扱うという,なかなか面白い試みがあります。ただ,認識論に持ち込まれてちょっと収拾つかなくなっちゃった感はあります。前半は,ミクロレベルの相互作用を,どのようにしてマクロに拡張するか,肝腎なところはさっぱりわからない塵理論とやらでごまかされておりますが,10年たってもなお目新しいという点で,SF史に残るべき名作といえましょう。前半と後半足してなお読む価値はありますが,読者をかなりspecificに選ぶ本であろうことはまず間違いありません。

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Aug 27, 2006

書庫のお知らせ

お知らせです。
旧ウェブサイトの書評へリンクをつけました。ご興味ある方は画面右のリンクからどうぞ。

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Aug 19, 2006

【小説】川の名前/川端裕人

正しい少年時代正しい夏休み正しい友情という感じのさわやか長編です。登場人物はありがちなデコボコ3人組。対するは優等生のライバル,意地悪ないじめっ子,教師やほかの人物も個性がかなりデフォルメ気味。展開もご都合主義といわれんばかりの素直さで,ひとことでいうとちょっと定番すぎる印象です。ひと癖もふた癖もある小説ばかり読んでいるせいで,素直でないのは私のほうですが,まぁそれはそれとしても,実に後味のいい作品。夏休み公開の映画にすれば教育委員会ご推奨がもらえそうな作品になること請け合いかと思います。となると当然主人公は神木隆之介で確定。熱血教師は阿部寛,エキセントリックなご老人はできれば丹波哲郎あたりがハマリ役かと。

とはいうもののプロットのほうはさすがにサイエンス系を得意とする川端裕人ならでは。綿密な仕込みで表題の川の名前が何を意味するのかは読みすすめていけば明らかになっていきますし,それが本筋の柱になっていきます。この夏の読書感想文(まだそんな宿題あるのでしょうか)が決まっていない人にはぜひおすすめしましょう。

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Mar 30, 2006

【小説】プレイ-獲物-/M・クライトン

(以下少々ネタバレあり)
文庫になるのを心待ちにしていた,ナノテクノロジーをベースにしたサイエンスホラー。ひとつひとつはアリほどの知性ももたないナノサイズの粒子が,膨大な数集まることで分散型の知性を構築するという基本アイデアで,体がむず痒くなりそうな物語を最初から最後までひっぱっていきます。

このアイデアの根源は,サンタフェ研究所のスチュアート・カウフマンという物理学者が提唱した相転移として創発する生命という考えかたにさかのぼることができると思います。カウフマンの考えかたは分子同士が相互作用し,そのつながりが自己組織化的に形成されることで,自己複製できる分子ネットワークがうまれ,これが原始生命となりうるというものです。(ちなみにカウフマンは作者クライトン原作のジュラシック・パークの主人公数学者のモデルという話です)

その後バラバシという数学者によって,このつながりを構成要素(ノード)とその連携(リンク)という形であらわしたときに見られる普遍的な数学的特徴が明らかにされました。さきの原始生命では分子がノード,相互作用がリンクに相当します。バラバシはこの数学的特徴が,インターネットや経済活動,ウイルスの流行などの社会的複雑性にも拡張できると考えました。

この特徴はコンピュータ上での分散処理にも類似性がみられます。個々のプログラムをノード,それらのプログラム間の入出力をリンクとしたプログラムの集合体で人工生命を構築するという研究の方向性につながります。

さてここまでが現実のサイエンスの話です。本書においてフィクションとしてクライトンは,ナノ粒子をノードとする自己組織化生命体を創造したわけです。ここで問題となるのはナノ粒子同士の相互作用(リンク)はどうなるかという点です。ところがどうも本文中を読んでも,どのような機構で他の近隣ナノ粒子と相互作用するかはかかれていません。より細かくいうと,このシステムが実現されるためには,個々のナノ粒子が近隣の粒子を認識し,かつそれに対しての反応することが必要です。後者は主人公の書いたプログラムコードによるものと説明があるのですが,前者の周囲との相互作用の認識方法が不明です。

とまあ細かい粗探しをしてしまいたくなるぐらい,エンターテイメントとしてはリアリティを楽しめる作品です。ただエピローグ部分に本編の謎解きを羅列したような記述があって,プロットだけを読んでいるような点がちょっと興ざめです。

展開は,映画化を念頭においたかのような実にシンプルなストーリーで,ハリウッド的なお約束は随所にあって,好きな人は(私のことです)かなり楽しめると思います。物語後半でナノ粒子生命体はなんと人間の形によりあつまって登場人物を模倣してしまうのですが,閉所空間で,メンバーの中に誰か異生命体が紛れ込んでいるというくだりも「遊星からの物体X」さながらでいい感じです。洞窟の中にたくさんの卵(?)が密集した「巣」があったり,最初のころの犠牲者がその巣の中にどろどろになってとりこまれていたりするところなんかは「エイリアン2」のまんまです。そして最後は・・・まぁご期待通りの展開,と云うにとどめましょうか。

結局のところこういうバカっぽさ満点のSFは,見事に私のツボを命中させてしまいます。文句は多いけど,可愛さ余って憎さ倍増というような気分です。塵シリーズということで(?)ペレグリーノの「ダスト」とあわせてぜひ映画化してほしいものです。

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Mar 11, 2006

【書籍】国家の品格/藤原正彦

ベストセラー入り間近の話題書ですが,愛国心に触れたり,戦前の教育などについて述べられているために,無条件の右傾アレルギー的な反応をうけて損をしています。具体例には勘違いや極論もあるようですが,全体の主張としてはきわめて当たり前のことを書いていると思います。一般化して本書の主張を私なりに要約しましょう。

著者の主張では,個人の思考あるいは行動を決定づける因子として,「論理」がありますが,論理は,方向と大きさ,すなわちベクトルを決める役割しかありません。論理のベクトルには座標軸が設定されていないために,論理だけでは思考や行動は決まりません。したがって個人の判断基準と価値観を,論理のベクトルのスタート地点すなわち座標軸におくことで,思考や行動が決められます。繰り返すと,判断基準と価値観が,論理とは別の体系で存在し,その体系のうえで論理によって思考や行動が決定されるということになります。

この判断基準と価値観の体系を,アメリカ的な見方では,個人の利益と個人の自由,そしてキリスト教においています。一方で,ヨーロッパ的な見方では歴史・伝統・宗教に,そして日本では自然への畏敬の念情緒・形においています。こうして導き出される思考と行動様式は,おのずから違うものになります。日本が生み出した独自の文明は,現在主流の欧米の文明とはまったく異質で,欧米の文明の前に崩壊の危機に瀕していますが,今こそ誇りをもって維持していくべきものです,といったところでしょうか。

こうしてまとめると相当陳腐な内容ですね。ところが武士道精神を復興せよとか,小学校で英語など教える必要はないとか具体例をあげて書くと,一転してナショナリズムの権化が書いた本のように見えます。ですが自分の国のことを心配して書くことがタブーというのは異常な事態にあるともいえます。歯に布着せぬ言い回しで自分の国を心配した本書がベストセラーになるというのは,まだこの国も捨てたものではないなと思えます。脱線しましたが,本書は私にとって,日本のことを考えるのにひとつの軸を提供してくれたという点で価値がありました。

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Feb 15, 2006

【小説】R・J・ソウヤー/スタープレックス

その昔,宇宙船サジタリウスをこよなく愛し,今も深夜に放送中のスタートレックヴォイジャーを楽しみにしている私にとって欠かすことのできないスペースオペラの傑作,無人島に持っていきたいの心の小説第1位,スタープレックス
ネアンデルタール3部作を読み終えてソウヤーのよさをひしひしと味わっていたのですが,さらに余韻にひたるべく再読しました。

何がいいってやはり圧倒的なスケール感に尽きます。主人公が文字通り宇宙のはじまりから終わりまでを股にかけるわけです。浮世のこまごまとした問題に囚われるのがアホらしく思えてきます。

ところがこんな限りなく人間離れした主人公にもかかわらず,いつも人間関係というか宇宙人関係の狭間に悩まされているという,一方で非常に人間的な問題を抱えているのです。一歩間違えると田中啓文みたいにベタなギャグで済ませられそうなシチュエーションですが,とんでもないアイデアで無理やり収拾つきますのでご安心を。

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Dec 23, 2005

【小説】エンブリオ/帚木蓬生 -読後に科学者倫理を考える

先端医療を題材に生命倫理をまともに取り扱った小説で,SFと呼ぶには重量感のある物語です。生命をつくること,こわすこと,男性の受胎,堕胎胎児の培養臓器。小説のなかでひとりの天才医師の手てによって,これらの技術が次々と現実化していきます。

この小説が最初に世に出たのは2002年だそうですが,当時から胎児細胞の取り扱いに関する法律は,この小説内でも書かれているようにまったく日本国内にはありません。2001年にクローン胚という,受精卵由来の細胞の利用には厳しく制限をかける法律が誕生しましたが,その一方で3ヶ月未満の胎児細胞をヒトとして取り扱う法律は今もありません。小説内ではさんざん触れられていますが,日本国内では産婦人科学会の自主ガイドラインなどはありますが,なんら拘束力はないためやりたい放題だと。この状況は今も変わらないのです。

ひとつの革命的な技術の共通点として,法律では縛ることができなくて(なぜならその技術を対象とした法律がないから),それに携わったものの倫理感と時代の社会規範で,なし崩し的に普及化をみるという点があることに,作者の帚木氏は気づいています。技術が始まった時点では時代に認められておらず,反発や妨害にあったとしても,有用な技術であれば,かならず広がっていく。そしてひとたび普及化した技術はそれ自身が新たな倫理感と社会規範となる,と。

医療は死や病気を回避するという点でつねに自然の摂理に反することをおこなってきました。人工受精や中絶も自然の摂理に反することで,当初は多くの反発にあってきましたが今は平然とおこなわれています。それならば,堕胎した胎児の臓器を移植に用いたり,子供を望む男性を妊娠させたりするのも同様に,将来的には認められる技術になるなのではないかというわけです。つまるところ医療にしろ工学にしろ,すべての技術は自然状態では起こりえないもので人為的に作り出されたものなのだから,自然状態に反するから倫理的に認められないという議論は成り立たないといった考え方があることを主人公の口を借りて主張しています。

技術の開発を担うエンジニアや,真理の追究をめざすサイエンティストの立場としてはこのとおりでしょう。私も,どちらかといえば同じような考え方に立っています。しかし,問題が複雑になるのは,この小説でも後半中心となってくるように,技術の企業化,権利といった先端技術があらたな経済価値を生み出すからでしょう。

新しい技術が新たな経済価値を生み出し,それによって社会が根本的に変革する可能性はいつだってあります。こういうとき技術倫理を議論せよという人が必ず現れます。繰り返しになりますが,私も技術開発や科学研究に技術自体の善悪を問うような倫理感は要らないと思っています。つくるべきものをつくり,知りたいことを調べる,それがエンジニアやサイエンティストのつとめです。思うのですが,新しい技術や研究の成果と経済価値との接点こそ,法律化や倫理的議論が必要なのではないでしょうか。

ともすれば日本では新しい技術が生み出されたりした場合,ヒステリックにその技術そのものばかりが注目されます。マスメディアがプロフェッショナルでないのでそれ以上書き立てられないためだと大まかには理解していますが,それでもくだらない話をと思うことがよくあります。

たとえば遺伝子治療で遺伝子を書き換える技術の倫理感を問うても仕方ありません。議論するなら,書き換える対象の遺伝子の「権利」を誰が持っているかとか(つまり,個人を大切にするなら遺伝子は「本人」のものだろうし,多様性のある遺伝子プールという観点でとらえるなら,遺伝子は国家的に保護しないといけない),書き換える遺伝子の配列は誰が権利化しているのかとか,経済との接点がでてくる部分です。法律家などは技術を知らなすぎますし,技術屋や科学者は自身の技術の本質的な経済的側面に無関心な場合がほとんどです。

話が脱線してきました。小説の話にもどりましょう。この小説に出てくる主人公は,自身の規範だけをよりどころに技術を作り出していくある意味理想的な研究者の姿です。主人公は一方で生命をつくり,守り,育てますが,他方でそれを邪魔したり,専有化しようとする者たちの生命を絶っていきます。この二面性が主人公のなかでは一本の筋としてとおっています。帚木氏の筆致がこれを書ききって理解できるだけに,サスペンスとして読み応えがあります。

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Dec 02, 2005

【書籍】月刊バイオニクス

定期購読している雑誌は限られていますが,そのうちひとつが「月刊バイオニクス」。
マニアックな雑誌ですが,一応バイオテクノロジーと医療,メカニクスの境界領域をサポートするという意味で私の興味と重なっています。

それはともかくとして,今月号で面白かったのは阪大の菊池先生の「渋滞の先頭にいるのは誰か」という記事。渋滞という現象を車の密度の関数として捉えると,物質の温度が低くなっていくと水が凍るように,相転移をおこすという理論を紹介しています。

この視点は興味深いですね。ミクロの挙動マクロの性質を規定するという現象は自然現象のいたるところに現れていて,生物現象の本質でもあるかと思います。

個々の細胞が,集団として分化方向に性質がシフトしていき,ひとつの定常状態におちついて臓器や組織を形成するとき,これもひとつの相転移と考えれば生命体がボトムアップに構成されていくしくみにも繋がっていくのではと漠然と考えています。あるいは細胞をマクロなシステムととらえれば,細胞を構成する個々のタンパク質や分子が相転移を起こしてある種の安定な状態をつくりだしているなど。細胞周期のG0期(停止期)なんかはひょっとしたら「渋滞状態」に相当してるのかもしれません。
いずれにせよこれらの場合,「温度」や「車の密度」に相当する細胞の状態変数はいったい何なのでしょうか。生命構成のヒントはこんなところにあるのかもしれません。

蛇足ですが,良い講演を聞いたときは,講演の内容にとどまらず,視野が一気に広がっていろいろなインスピレーションが湧き上がることがあります(エイベックス流に言うと「インスパイヤ」されたわけです)。今回の記事もそうですね。こういう出会いがあると嬉しくなります。

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