Feb 25, 2007

骨髄多能性幹細胞は捏造だったのか

どうしても触れておきたい記事。またかよ,という感じですが,また捏造疑惑です。

万能細胞の論文に「重大不備」 02年ネイチャー誌掲載(朝日新聞2/25)

 ネズミの骨髄の幹細胞から、多くの臓器になりえる「万能細胞」を作り出した、とする02年6月の米ミネソタ大の研究者の論文について、「重大な不備」があるとの結論を同大がまとめた。AP通信が23日、報じた。

論文は、キャサリン・バーファイリー博士らが執筆し、英科学誌ネイチャーに掲載された。ネズミから取り出した幹細胞が、脳、心臓、肺、肝臓などの細胞に育つ能力があることが確認できたとしていた。

 しかし、同大の専門家委員会は、育った細胞を確認する過程に問題があり、そのデータに基づく論文の解釈は正しくない可能性があるとした。ただし、捏造(ねつぞう)ではなくミスだとしている。

より詳しい顛末のソースも,英語ですが,載せておきます。
Adult Stem Cell Study Flawed
Flawed stem cell data withdrawn

 MAPC(多能性成人前駆細胞)の存在は,発表以来相当騒がれましたが,その存在の確からしさについては議論となっていました。私も,このMAPCの検出を彼らの詳しいプロトコールも参照しながらこころみたことがありますが(骨髄ではなく臍帯血ですが),何度も試してもそれらしき多能性の細胞は出ませんでした。彼らは,疑い深い研究者を呼んで,MAPC培養トレーニングなども主宰していたようですが,血清ロットの問題だとか,作業者のテクニック上の問題だ,出現する確率がおそろしく低い,などといっているうちに,いつの間にか「MAPC」は難しい,という大方のコンセンサスが出来上がりました。彼らの提唱する「MAPC」という名称が,彼らのグループ以外に浸透しなかったのはやはり,彼らと同じ方法によって誘導できたグループがほとんどなかったからです。医療やビジネスとしても手を挙げるところがなかったのも同様で,百発百中でなかったためです。

 この論文が写真の取り違えのようないわゆる「ミス」でなく,捏造だったとしたら(そういえば,韓国のESグループの捏造のときも,最初は写真の取り違えのレベルの話でした),各国の研究者は大きな回り道をさせられたことになります。たとえば,MAPCの解析をしている研究者も国内にもいますが,一体彼らの調べていたものの正体はほんとうは何だったのかということになります。それ以外にも,MSC(間葉系幹細胞)やEPC(血管内皮前駆細胞)といった他の組織幹細胞との関係だとか,この論文を足がかりに書かれた論文の論理構築などにも影響が少なくないと思います。

 この問題は共同通信や朝日新聞がとりあげたことで国内でもますます注目される可能性があります。再生医療は眉唾ばかりだという印象になってしまっては,医療応用の面でも大きなマイナスになります。まずはどこまでが真実なのか,見極める必要がありますし,著者らは周囲の疑問に答える必要があるでしょう。

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Feb 19, 2007

ハインリヒの法則

事故に関する有名な統計的観察に,「ハインリヒの法則」というのがあります。1件の重大事故の影には,29件の軽微な事故と,300件の軽微なヒヤリが隠れている,というものです。技術者なら,品質管理上,ヒヤリ・ハットという言葉で,常に心にとどめておかなければいけない概念です。

出産時に命の危険、年間2300人の妊婦が遭遇

出産時の大量出血などで母体に緊急治療が必要なケースが少なくとも年間2300件以上あり、これに基づく推計で出産の250件に1件の割合に上ることが、日本産科婦人科学会周産期委員会(委員長・岡村州博東北大教授)の調査で判明した。
 妊産婦死亡については国の統計で10万人に6人とまれなことが知られていたが、生命の危険にさらされる妊産婦が多数に及ぶことが初めて明確に示された。
 調査は昨年、全国の同学会卒後研修指導施設と救命救急センターの計998施設に対して実施。2004年に出産した妊婦で、妊娠出産に伴い、重い意識障害や多臓器不全、脳出血、子宮破裂、肺そくせん、2000cc以上の大量出血など、生命に危険があると判断した数と症状についてアンケートした。
 335施設(回答率33・6%)からの回答を集計すると、妊産婦数は12万4595人で、このうち生命に危険があったのは2325人。回答施設には重症患者が集まる大規模施設が多く、20人が出産時の大量出血、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)後の頭蓋(ずがい)内出血などで亡くなっていた。
 この結果を、施設規模などを調整しながら、全国の出産数と妊産婦死亡数に当てはめると、高度な救命措置が必要な妊産婦は、推計で年間約4500人、約250人に1人の割合で発生していることになる。
(2007年2月17日14時35分 読売新聞)

出産に関してもこの法則をあてはめると,10万人に6人の死亡率という国の統計をもとに考えるなら,10万人に170人(570人に1人)の,死亡には至らない事故と,10万人に1800人(55人に1人)のあやうく被害を招きかねない状態が隠れていると考えられます。

命の危険をともなう事故は250人に1人起きているという記事の調査結果はまさにこの法則そのものといえます(余談ですが,こういう観測的事実を取り扱うときは,エンジニアなら,250人と570人はオーダー的にほぼ同じと考えます)。およそ50人に1人の,ヒヤリがそのうしろに隠れているかと思うと,なかなかぞっとする話でもあります。

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Dec 17, 2006

ヒト腎臓再生:ラット体内で成功 世界初、幹細胞から

ひさしぶりに再生医療のトピックを拾ってみます。

ヒト腎臓再生:ラット体内で成功 世界初、幹細胞から

東京慈恵会医科大と自治医大の研究チームが、ラットの胎児の体内にヒトの骨髄液由来の幹細胞を埋め込み、ヒトの腎臓の一部(糸球体と尿細管)を作ることに世界で初めて成功した。その組織を別のラットの腹部に移植したところ、移植を受けたラットの血管が入り込み、通常のラットの腎臓の10分の1の大きさまで成長した。重い腎臓病に苦しむ患者が多い中、患者自身の細胞を使って人工的に腎臓を再生し、移植後も機能させる可能性につながる成果として注目される。(毎日新聞 2006年12月10日)

サイエンスとしては非常に面白いですし,将来性のある研究でしょう。ですが,記事にあるような医療応用としては,残念ながら期待どころかブレーキがかかりかねない研究といえます。

造血幹細胞の増幅や,ES細胞の未分化維持にマウスのフィーダー細胞を用いるだけでも,「異種移植」扱いとなって,培養した細胞は臨床応用できません。ましてやラット体内で育てた細胞となればなおさら慎重になる必要があります。

ヒトへ応用するには,やはり異種動物由来の細胞を使用しないことが最低限必要です。したがって,この技術が医療として陽の目を見るには,ヒトの体内で,組織を作り上げることができないといけません。

もとの論文に書いてあるように,彼らの研究の目的は,ドナー不足解消のために,自家移植,すなわち移植を望む本人の骨髄から採取した幹細胞を,腎臓組織に作り上げ,本人に戻すというものです。ですので,腎臓組織に必要な再構築は患者本人になります。そうでなければ代理母どころか,培養容器となるべき第一のレシピエントが必要となり,倫理的に重大な問題が発生するでしょう。

このアプローチでは(1)患者から骨髄採取→(2)腹膜下に移植→(3)出来上がった組織を腎臓へ移植,の3ステップが必要となります。

間葉系幹細胞は,その未分化性ゆえ癌化も心配されていますし,目的の組織以外の組織へ分化を制御させることもなかなか難しいですので,ステップ2での安全性を担保するのはなかなか大変といえます。したがって,この方法が腎臓移植に替わる医療となりうるのかといわれれば,残念ながら5年10年で可能とはやはり思えません。

とはいうものの,最初に書いたように,発生のメカニズム解析という部分では非常に面白いですし,発生研究のブレイクスルーになるかもしれません。

私の実感から言っても,組織の再構築は生体内でおこなう以上に効率よい場はありませんし,似たアイデアで再生できる他の組織もあるようです。大網に移植して,腎組織近くでは似た組織が再生するなら,なんらかの遠隔性に作用する液性因子の影響が考えられますので,そのあたりを切り口にして解析すれば,体外での3次元での組織構築という,再生医学者が現在夢にまでみる技術へ近づけるでしょう。移植したドナー細胞と,発生の場となるレシピエント細胞の間の細胞間相互作用も興味あるところです。実験結果からは,ヒトとラットの発生の間にはかなりの共通の因子も考えられそうです。

以下余談。医療技術として可能である,とかわざわざ喧伝しなくても,基礎として,いい研究なのは間違いないのですから,地道にすすめてほしいものです。神経再生の話なんかも5,6年前の総説を見ると,「2~3年で幹細胞を用いてヒトへ臨床応用可能」とか言っていました。現状では,まだ移植に足りるほど満足に分化誘導できません。そんな話はいくらでもあります。競争資金の獲得に,研究のPRが必要なのも理解していますが,あまり狼少年みたいにできないことを大げさに言っていては,再生医療全体がコケちゃうのではないでしょうか。
・・・え,もうコケてる!?つるかめつるかめ。

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Nov 05, 2006

臓器移植

病気で摘出された腎臓を移植した医師が問題となってます。医師は患者が助かるために為すべきことをしたと述べ,マスコミ側は,規則にのっとって移植医療がなされるべきだと述べています。事件性は,金品の授受,つまり臓器売買という点で,これはすでに立件されています。そこで一連のマスコミ報道では倫理面を大きく問題視しているようです。

しかし倫理面での議論は,立っている位置が違うのですから,噛み合わないのは当然です。医師は目の前でレシピエントを救うことが使命であり,それを全うしないことは医師倫理に反します。一方のマスコミは,医師の立場でないことは明白ですが,どうもどの立場から倫理面を議論したいのかがよくわかりません。話の流れを見ても,当事者の声は聞こえず,報道にどんな意図があるのか,第三者にはよく見えてきません。

今回の場合,レシピエントとドナーのそれぞれの同意を得て,かつ従うべき規則が存在しないのであれば,移植医は何の咎めを受けることもありません。むしろ適切な治療を行わなければそのこと自体が医師法に違反するでしょう。この場合,移植に関する適切な規制がないことが問題視されるべきで,非難の声は医師ではなく,法整備する側に向けられ,さらに逸脱した場合の罰則を強化する方向へ議論はすすめられるべきでしょう。

移植医療は,医療技術としては確かに免疫抑制剤の発達でかなり完成度の高いものとなりましたが,根本的には,他人からの提供がないと成り立たない医療です。したがってドナーの人権が何よりもまず重要です。日本では,移植件数は横ばいです。その内訳は血縁者間の生体移植が諸外国に比べ非常に高いという特殊な状況です。ドナーが不足しているのです。となると,ドナーを求め日本人が中国などの外国で移植を受けに行くのも当然です。渡航先のドナーの人権は近いうちにいずれ大きな問題となるでしょう。ここでも,倫理で渡航を縛るわけにはいかないので,早急に法整備が必要と思われます。現状では,国内で法整備できていないため,渡航しての臓器移植はむしろお目こぼしに近いのではないでしょうか。

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Oct 02, 2006

2006年ノーベル賞

今年のノーベル医学生理学賞は,RNAiの発見で,FireとMelloに与えられたそうです。RNAiとは,短いRNA断片が,遺伝子発現を抑制するという現象です。この2名を筆頭とラストオーサーとする論文が1998年の2月に発表されてから,まだ8年と少し。恐るべきスピード受賞です。

当初はC.elegansという全身の細胞数が1000個ほどの小さな生物に見出された現象で,哺乳類ではおこらないと言われておりました。再現性がなかなかとれなかった現象で,発見当初はかなり懐疑的な見方をされていたのですが,この数年で,その応用が爆発的に延びています。

この現象,現象としてはかなりよく理解されており,医薬品への応用もかなり研究されています。が,そのメカニズムは,というと未だ霧の中という状況ではないでしょうか。一昨年のノーベル賞は比較的基礎的な分野に授与されておりましたが,去年のピロリ菌や,その前のまえのMRIなど,ここ最近の流れとしては,技術的な応用に近いもの,という感じをうけています。RNAiはまさに技術そのものずばりです。

応用とは言いましたが,何に使うのか,お昼の話題に事欠かない程度にごく簡単に説明しましょう。

ゲノム解析が済んだ現在では,各ゲノムの機能解析が最重要課題です。遺伝子機能の解析方法は大きくわけて,遺伝子導入と遺伝子ノックダウンの2種類あります。どちらもマウスなど実験動物の遺伝子に,新たな遺伝情報を書き加えるか,削除するかして,表現型の変化を観察し,機能を推定するわけです。ところが,実験動物を使うのは,煩雑で時間がかかるし,結果にばらつきがでるし,とにかく面倒なわけです。なので,同様の実験を,動物実験ではなく,実験台上で培養細胞を使ってやりたいとみんな思っていたのです。ところが,培養細胞への遺伝子導入(書き加えるほう)は,種々のベクターをつかえば比較的簡単に実現できるのですが,ノックダウン(削除するほう)は難しかったという経緯がありました。

今回の2名が発見したのは,ぱらぱらとその遺伝子の短い断片を振り掛けると,なぜだかその遺伝子の発現がストップする,という摩訶不思議な現象でした。この発見後,多くの研究者の検証を重ね,培養細胞の特定の遺伝子をノックダウンするというのは,簡単にできるようになったのです。

そういう時代のニーズにもがっちりはまったというのも幸運なところですし,はじめから哺乳類でやっていたえわけではなかったのも,発見する上で幸運でした。が,なにより一番幸運だと私が思うのは,彼らがまだ若いということでしょう(まだ二人とも50歳になっていません)。

ところで余談ですが(いや最初から余談か。),日本のRNAiの研究はというと,少し前までトップ独走中だった東大の多比良研の仕事が,実は論文捏造だったという最低最悪の仕事ぶりが発覚したばかりで,出遅れています。まじめにやっている日本の研究グループにとっては非常に残念なことです。

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Aug 24, 2006

受精卵壊さずES細胞作成

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060824-00000011-jij-soci

アドバンストセルテクノロジー社の開発した技術で,IVF(体外受精)においてPGD(着床前診断)をおこなうために細胞をとってきますが,そのサンプリングした細胞をもちいてES細胞をつくったという報告のようです。(元ソース

生命の萌芽を壊さないで済むために倫理問題がなくなるという書き方をしています。しかしながら私としては疑問に思います。

現実の運用を考えると,この技術を用いようが用いまいが,実際にヒトESを作るときはIVFで余った受精卵を使用するのでしょう。ではES用に一部をサンプリングした受精卵を胎内に戻すのか,というとおそらくそうはならない筈。敢えて「生命の萌芽を壊さないためだけに」わざわざES用にサンプリングした受精卵を妊娠に用いる必要はなく,通常は傷をつけていない別の受精卵を用いることになるのではないでしょうか。

また,仮にサンプリングを施した受精卵で妊娠したとして,その子供には自分の望まぬところでES細胞を作られているわけです。自分とまったく同じクローンを生み出す可能性があり,無限に増える細胞を,生まれながらにして作製されているというのは,新たな倫理問題を巻き起こしかねません。結果として,この技術では,現在問題となっている倫理的課題を解決できるとはどうにも思えないのです。

問題を完全に解決する可能性のあるリプログラミング技術がマウスですでに掲示されているわけで,今回の発表はヒトでリプログラミングが実現されるまでの間,研究者が倫理を犯していると後ろ指をさされないですむための言い訳を与える程度の利用価値はあるかもしれませんが,本質的な進歩はない思いました。

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Aug 17, 2006

ガン幹細胞

今週のNatureはいくつか興味をひく論文がありました。そのうちのひとつですが,ガン幹細胞の由来を調べた論文の話を書きましょう。

幹細胞自己複製能多分化能をあわせもつ細胞ですが,これが細胞分裂時にある条件下で,前駆細胞と呼ばれるステージにうつります。前駆細胞は多分化能はもっていますが自己複製能は失っています。その後,前駆細胞は,各種の分化細胞へと成熟していきます。

血液細胞ではこれらの過程がかなり詳しくわかってきています。この論文の筆者らは,正常の造血前駆細胞,すなわち自己複製能をもたない細胞において,もともとの造血幹細胞が持つ自己複製能に関する遺伝子の活動がオンになると,造血前駆細胞がさながら幹細胞のようにどんどん増殖し,ガンになるということを見出しました。

白血病では,ガン細胞を生み出すガン幹細胞が存在することがすでに知られていますが,彼らの研究はこのガン幹細胞がどこから来たかを明らかにしました。つまり,ガン幹細胞とは,増殖スイッチの入った前駆細胞,というわけです。増殖スイッチがどういった経路で入るのかを明らかにすれば,ガンの原因解明につながりますし,スイッチを切る方法を考えれば治療薬の開発につながります。

ところで前に紹介した誘導多能性幹細胞では,未分化維持に遺伝子をいくつか同時に導入すると,線維芽細胞が多能性を取り戻す,というものでした。ぱっと見た目にはかなり似た構図で,ここから研究の方向性がひとつ見えます。つまりどういう遺伝子の組み合わせが細胞の増殖や分化などの運命を決定づけているのか探るという方向性です。単独の遺伝子の発現を網羅的に評価する系は簡単ですが,その組み合わせとなるとなかなか難しいでしょう。

もうひとつ応用面で重要なことは,下手に多能性かつ増殖性の幹細胞を誘導すると,生体ではガンを引き起こす可能性があるということです。たとえば誘導多能性幹細胞もマウスに移植するとさまざまな組織が混在する奇形腫(テラトーマ)が発生します(ちなみに,テラトーマの発生は,細胞が多能性を持っていることを証明するための必須の手段と現在では考えられています)。また骨や脂肪細胞のもとになる間葉系幹細胞も,その再生能力には期待されていますが,一方ではガン化もずいぶん懸念されています。

ガン化を防ぐ手立てをうまく考えないと,培養した幹細胞を利用した治療の実現は難しそうです。そうして考えると,再生医療の研究は,本来期待されている医療分野ではなく,ガン治療という分野で花開くかもしれません。

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Aug 12, 2006

皮膚から「万能細胞」

京大再生研、皮膚から「万能細胞」作製に成功

 皮膚の細胞から、様々な臓器や組織に育つ能力を秘めた新たな“万能細胞”を作製することに、京都大再生医科学研究所が、マウスの実験で世界で初めて成功した。
 胚(はい)性幹細胞(ES細胞)に似た性質を持つ、この万能細胞を人間でも作ることができれば、患者と同じ遺伝子を持つ臓器が再生でき、拒絶反応のない移植医療が実現すると期待される。11日の米科学誌「セル」電子版に掲載される。
 成功したのは、同研究所の山中伸弥教授と高橋和利特任助手。
 山中教授らは、ES細胞で重要な働きをしている遺伝子には、体を構成する普通の細胞を“リセット”して、発生初期の細胞が持っている万能性を備えさせる遺伝子があると考え、その候補として24種類の遺伝子を選定。その中から、「Sox2」などの遺伝子4種類を、ウイルスを使って、マウスの尾から採取した皮膚の細胞に組み込んで培養した。その結果、皮膚細胞は2週間後にES細胞と似た形態の細胞に分化した。(読売新聞)

この研究はわざわざ一般ニュースでも取り上げられるだけあってすばらしい成果だと思います。やり方としては格段目新しいわけではなく,アイデアもすでにあり,多くの研究グループがやろうとしていたのですが,実際にできることを示したという点が革新的という類の技術です。よく,水虫の薬を開発できればノーベル賞だという人が(いまだに)いますが,あれと同じです。ただし,この技術はノーベル賞をとる可能性が大いにありますが,水虫の薬はすでに存在しますので受賞理由にはならないでしょう,念のため。

この技術のバックグラウンドと将来の応用の可能性を簡単に説明しておきましょう。

ES細胞(embryonic stem cells)は,受精卵から作製された,体を構成するあらゆる細胞に分化できる能力を有する細胞のことです。難病の治療に大いに期待されています。例えばES細胞から誘導したインスリン産生細胞を糖尿病の治療に,ドーパミン産生細胞をパーキンソン病の治療に,というようにです。

ところがES細胞で一番の問題は,免疫拒絶反応です。ES細胞のもととなった受精卵は,健康なドナーから提供された細胞,すなわち治療を受ける患者から見ると第三者ですので,拒絶反応がおこります。そのために,移植後に生涯にわたって免疫抑制剤の服用を続けないといけません。拒絶反応は現在でも臓器移植や骨髄移植などでも患者のQOLにとって大きな問題となっています。しかし,ES細胞による再生医療的治療では,根治が望まれるため従来の治療以上に解決策が強く望まれています。

解決策には,いくつもの方法が考えられていますが,大きく分けてふたつのアプローチがあります。ひとつめはES細胞作成の際に,受精卵は第三者で,ただし中身の遺伝情報を司る細胞核を患者由来に入れ替えてやることで,患者にとって拒絶反応のないES細胞を得る方法です。しかし,これは韓国の研究グループの捏造の顛末で明らかになったように非常に技術的に難しいようです。何しろ2000件の提供を受けて,1件も成功しなかったのです。

別のアプローチが今回の研究成果に相当します。つまり,体に存在する受精卵以外の通常の細胞の遺伝子をいじり,受精卵の状態に細胞が活動するようにスイッチを入れなおし,これを使ってES細胞もどきの細胞をつくるという方法です。(余談ですが,記事中の「皮膚細胞をES細胞と似た細胞へ「分化」させたという表現は不正確で,「誘導」とするべきです。科学部の記者なら術語を間違えてほしくないところです。)

これにより免疫拒絶反応の問題だけでなく,倫理的ハードルもクリアできます。ES細胞を作製する際,受精卵を採取し,壊す必要があるからです。なお日本では,不妊治療で余った細胞を,ドナーの同意を得た上で実施することになっています。新規の技術を使えば,受精卵経由でなくとも多能性幹細胞が得られるわけですから,患者にとってもドナーにとっても願ったりかなったりなのです。

マウスのES細胞が開発されたのが1980年ごろ,ヒトES細胞樹立にはそれから15年以上要して1998年までかかりました。同じように,この技術がヒトで展開されるまでさらに数年もしかすると10年以上かかるでしょう。けれども方法が明確に示され,すでにマウスでできることが実証されているなら,誰かが近い将来必ずやり遂げることでしょう。

ところでこの技術は4つの遺伝子を同時に導入するというテクニックを使います。最近停滞気味の遺伝子治療は,案外この技術の延長線上で医療としての居場所を見つけるかもしれません。できるなら,権利化で足踏みせず,心意気のある研究者によって実現され,広く医療として普及してほしいと思います。

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Feb 21, 2006

臍帯血ギフト券

【ファンキー通信】「へその緒」プレゼントで子どもの未来を救え

ファンキー通信ってなんじゃという疑問もありますが,それはおいといて,出産時に臍帯血を採取して保管することを約束する「臍帯血ギフト券」を,出産祝いとしてプレゼントするという話。この記事少し前にあったCNNのニュースの焼き直しっぽい気もします。しかもプレゼントするのは「へその緒」ではなくてその中に含まれている「血液」のほうなのですが・・・。

それはともかく欧米でこうしたニーズがあるのは,祖父母からのプレゼントという意味あいもありますが,ベビーシャワーという習慣があるせいかなとも思います。

ベビーシャワーとは出産前に,友人や親類が集まって出産に必要な品物を持ち寄るパーティ形式のプレゼントの習慣です。日本では出産祝いは出産後と決まっていますから,臍帯血を採取する権利を出産祝いでもらっても使う機会がありません。アメリカでは出産前に祝いをあげるわけです。ですから,臍帯血ギフト券というのがプレゼントとなりうるのですね。それにこのギフト券は祝いとしては高価なので,ひとりであげるにはちょっと荷が重いため,多くの人が集まるベビーシャワーであげるのに適しているようです。

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Feb 02, 2006

再生治療薬

心筋細胞など、損傷した組織の自己再生を促す薬剤

興味深い記事なので,自分のためのメモがわりにクリップしておきます。ここでかかれているのは,いわゆる「再生治療薬」という次世代型の薬物です。幹細胞の分化誘導を直接制御して,臓器や組織を修復に向かわせることのできる薬物の開発が最終目的です。

薬は分子をターゲットとして作用します。再生治療薬のターゲット分子は,分化誘導因子や阻害剤として働くタンパク質や転写因子などです。ただし,現在のところ効果的な薬物はまだ見つかっていません。製薬メーカが水面下で必死にスクリーニングしているとは思います。幹細胞からの分化メカニズムに関しては日々新しい情報が明らかにされていますから,今後候補薬はあがってくるでしょう。

一部の成長因子には,特定の疾患にしか効果がないものがあります。再生治療薬もこうした特性をもつ可能性は大いにあると思いますが,まだ未知数の部分は大きいですね。

分化制御の研究ではアッセイ系を組み立てるのが一番難しいです。細胞間相互作用,幹細胞集団における性質のばらつきが大きいことなどの問題が,明確な結果を示すアッセイ系の確立を困難にしています。

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